- 2025.06.10
入れ歯を回避。年齢を考慮したインプラント治療
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Before
治療前 正面
治療前 下顎
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After
治療後 正面
治療後 下顎
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Before
治療前
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After
治療後
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患者 | 60代・男性 |
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主訴・ニーズ | 下の奥歯周囲の歯茎が腫れた |
診断名・症状 | 下顎臼歯部に限局した歯周炎 上顎左側第2小臼歯穿孔、根尖性歯周炎 生理的咬合 |
抜歯部位 | 上顎左側第2小臼歯 下顎右側第1・2大臼歯、下顎右側第2小臼歯 下顎左側第1小臼歯 下顎第1・2大臼歯 |
治療内容・治療費(自費診療) |
セラミック冠990,000円(税込み)(セラミック冠110,000×9歯) インプラント部2,145,000円(税込み)(インプラント385,000円×5歯、ポンティック110,000円×2歯) 診断用ワックスアップ110,000円(税込み) プロビジョナル(精密な仮歯)160,000円(税込み)(プロビジョナル1歯10,000円×16歯) |
治療費総額 | 3,405,000円 |
治療期間 | 約2年 |
来院頻度 | 月1、2回程度 |
リスク・副作用 | 1. インプラント治療のリスク・副作用 ◆ 外科手術に伴うリスク 感染症:手術部位が細菌感染を起こすことがある。 出血・腫れ・痛み:術後数日間は通常あるが、長引くこともある。 神経損傷:下顎骨に埋入する場合、下歯槽神経を損傷すると麻痺やしびれが残ることがある。 ◆ 長期的なリスク インプラント周囲炎:歯周病のような炎症で、インプラントの周囲骨が吸収する。 骨結合失敗:骨との結合がうまくいかないとインプラントが脱落する。 咬合負荷過多:力のかかりすぎでインプラント体や上部構造が破損することがある。 2. セラミック治療(クラウン・インレー)のリスク・副作用 ◆ 審美的・機能的な問題 破折・欠け:セラミックは強度があるが、衝撃に弱く割れることがある。 色調変化:まれに長期使用で周囲歯肉との調和が崩れる。 天然歯との摩耗差:硬さが天然歯より高いため、対合歯を摩耗させる可能性がある。 ◆ 生物学的リスク 歯肉退縮:歯茎が下がって境目が露出することがある。 二次う蝕(むし歯):境目から虫歯が再発する可能性がある。 3. 根管治療(神経の治療)のリスク・副作用 ◆ 治療中のリスク 器具の破折:細い器具が根の中で折れることがある。 穿孔(パーフォレーション):歯根や根尖を突き破ることがある。 根尖病変の再発:治療後も細菌感染が再発し、再治療が必要になることがある。 ◆ 治療後の影響 歯の脆弱化:神経を取った歯は水分を失い、折れやすくなる。 変色:無髄歯は経年で黒ずむことがある。 |
皆様こんにちは。まこと歯科・矯正歯科の院長を務めております木村誠と申します。
今回は、60代の男性にインプラント、セラミックを用いて全体的に治療した症例をご紹介いたします。
なお、文中には手術中の写真が含まれております(見やすいよう白黒に加工しております)が、医療行為に関する画像が苦手な方は、閲覧をお控えいただきますようお願い申し上げます。
まずこの年代の患者様を治療する上で、意識していることは、大きな治療はなるべく60代のうちに終わらせ、その後歯を失っても部分的な対応で済むような環境を整備することです。
この年代の患者様は、しっかりとした治療を受ける時間を確保できるようになることと、身体が健康であるからです。しかし年齢を更に重ねた場合、様々な病気を発症することが多いため、なるべく早めに取り掛かることをおすすめしております。
では、早速症例のご紹介に移ります。患者様は、60代の男性で主訴は、下顎の両側の奥歯の歯茎が腫れたということで当院に来院されました。
初診時口腔内写真(閉口時)
犬歯関係、大臼歯関係ともに2級(上顎前突)であると判断しました。
初診時口腔内写真(機能運動時並びに噛み合わせ)
初診時の正面観
上下の前歯に注目すると上の前歯が覆い被さることで下の前歯は、見えない状態です。このような噛み合わせを過蓋咬合(下記で詳しく説明します。)といい、不正咬合に分類されます。
過蓋咬合とは?
**過蓋咬合(ディープバイト)**とは、上下の歯を噛み合わせたときに、上の前歯が下の前歯を覆いすぎている状態を指します。
◆ 正常な咬合
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上下の前歯の重なり:2〜3mmが正常範囲
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垂直的なかみ合わせが深すぎない
◆ 過蓋咬合の場合
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前歯の垂直的被蓋が4mm以上
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場合によっては下の前歯が完全に見えない
🦴 骨格的2級との関係(上顎前突)
◆ 骨格性2級(Skeletal Class II)
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上顎が前方に出ている、もしくは下顎が後方に引っ込んでいる状態
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この骨格的アンバランスが、過蓋咬合の原因となることが多い
◆ なぜ2級で過蓋咬合が起きやすいか?
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上顎前歯が突出し、下顎が後退するため、上下前歯の垂直的な重なりが深くなりやすい
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下顎の成長不足や遺伝的要因が関係することもある
過蓋咬合の方は、骨格的な要因があるため、矯正治療の難易度が高く、前歯に補綴物が入ると破損しやすいなどの特徴があります。また顎関節に負担がかかりやすく、痛みが出やすいなどの特徴があります。
次に青い線に注目して頂くと、上顎左側中切歯(向かって正面から右側の中央の歯)が右側中切歯に比べ、下方(高位)に垂れ下がっていることがわかります。また黄色の矢印を見ると歯茎が腫れていることから上顎左側中切歯に感染が疑われます。
初診時の前歯の噛み合わせの状態
噛み合わせが深く、矢印の部分がやはり腫れていることが分かります。
同部のレントゲンを撮影し、確認すると黄色の線で囲っている部分は、透過像(黒く映る)であり、炎症による骨吸収を認めました。
初診時下顎の口腔内写真
黄色の丸で囲っている部分を見ると叢生(歯がガタガタ)になっております。年齢を重ねると前歯のガタガタの度合いは、強くなっていきます。前方に飛び出てくることで、上の前歯を強く突き上げて負担をかけることがあるため、非常に注意が必要です。特に上の前歯が失活歯(神経のない歯)で補綴物が装着されている場合、補綴物が破損したり、歯根破折になることもあります。
初診時の右側側方運動時
右側方向への機能運動時、下顎を動かしにくい状態でしたが、かろうじて大臼歯部は干渉していません。
初診時の左側側方運動時
左側側方運動時は、下顎も動きやすく、矢印で示すように上下臼歯は、離開しており干渉を起こしておりませんでした。
初診時パノラマX線写真
丸で囲っている部分に注目すると上顎右側第2大臼歯(※レントゲンでは左右逆に映る)が欠損しているのが分かります。矢印で示す下顎右側第2大臼歯は、対合する歯がないために挺出していることが分かります。
また上顎前歯部と臼歯部には、失活歯が多いことが分かります。
デンタルX線写真14枚法および歯周病検査表
歯周病検査表から臼歯部に5mm以上の歯周ポケットを認め、特に下顎の両側臼歯部に7mmを超える歯周ポケットを認めます。しかし前歯部から小臼歯部に関しては、4mm以下であることから、臼歯部に限局した歯周炎であると診断しました。問題の大きい部分について詳しく見ていくと
上記写真は、下顎右側臼歯部のデンタルX線写真
パノラマX線写真の説明にも書きましたが、上顎右側第2大臼歯が欠損したことで、下顎右側第2大臼歯ば挺出しております。そのため、隣在する下顎右側第1大臼歯との間に隙間ができていることが分かります。この状態では、食べ物が挟まり、磨きにくくなるため、歯周病の進行に間接的に関与した可能性が高いと判断しました。また矢印で示す通り、下顎第1大臼歯と下顎第2小臼歯の根尖には透過像を認めます。
上記写真は、下顎左側臼歯部のデンタルX線写真
次に下顎左側臼歯部が歯周病が進行した原因を考えます。正常であれば、水色の線程度まで歯槽骨が存在しますが、実際には、黄色の線程度まで骨吸収していることが分かります。まず下顎左側第2小臼歯が欠損し、さらに第1大臼歯もヘミセクション(半分抜歯)されており、ブリッジが装着されていました。ブリッジは、固定性(取り外しできない)であるため、装着感は、入れ歯に比べ、良いですが、連結するため清掃性に難があります。さらに欠損した歯に加わる力も負担しないといけないため歯周病が進行しやすい環境になってしまうのです。
上記の写真は、上顎左側臼歯部のデンタルX線写真
上顎左側第2小臼歯は、根尖部に透過像を認めるとともに矢印で示す部分は、歯根破折もしくは穿孔の可能性があります。患者様に問診すると時々腫れることがあるとのことでこちらの治療も希望されました。実際被せ物と金属の土台を除去すると大きな穿孔を認めたため抜歯することになりました。
これらの所見から臼歯部に歯周病が進行したのは、清掃しにくい環境が原因であり、もともと歯周病型の方ではないと診断しました。
初診時セファロX線写真
頭部X線規格写真写真分析から骨格的2級であることが分かりました。過蓋咬合の原因は、骨格的な要素が関係していることが分かります。
問題点と対策
◆下顎臼歯部のみ重度にその他の部分は軽度から中等度に進行した歯周炎
→歯周基本治療(歯磨き指導、歯石取りなど)を行い、重度に進行している部分は抜歯を行う。
◆歯列不正【下顎前歯部の叢生(ガタついた歯並び)、過蓋咬合など】
→矯正治療もしくは、経過観察(夜間ナイトガード)
◆虫歯や不良修復物
→虫歯予防、精密な補綴物を装着し磨きやすい環境を整備
◆歯の欠損
→欠損部に対しては、ブリッジ、義歯、インプラントにより補綴する必要がある。
診査の結果、主訴である下顎両側臼歯部の歯茎の腫れは、歯の欠損に伴う清掃性の低下が原因であると診断しました。また上顎左側中切歯は根尖性歯周炎、上顎左側第2小臼歯は穿孔であると診断し、前者は、根管治療、後者は抜歯で対応する必要があると判断しました。
全顎的には、過蓋咬合や下顎前歯部に叢生を認め不正咬合を呈しております。若年期であれば、矯正治療をした方が、予知性が向上します。しかし患者様は、もうすでに60代であり、今回問題を生じている部分への噛み合わせによる影響は、極端に大きくはないと判断し生理的咬合であると診断しました。既存の前歯の機能を活かし、奥歯の形態を工夫し干渉しないようにすることで安定すると判断しました。
治療計画表
全体像としては、上下両側とも第1大臼歯までの短縮歯列の設計としました。これは、骨格2級(上顎前突)の患者様の場合第2大臼歯に一番咬合力がかかりやすく、また磨きにくいため(年齢を重ねると、唾液分泌量の減少などにより、磨き残しが多くなる)インプラント周囲炎を起こす可能性があると判断したからです。
前歯の噛み合わせは、なるべく既存の状態を崩さないように注意し、その前歯の噛み合わせに邪魔にならないように臼歯部を補綴修復する計画としました。
治療計画表
上記の手順で治療を計画しました。治療期間中は、入れ歯を入れることなく、暫間インプラント(治療期間中のみ用いるインプラント)を用いることで、固定性の仮歯を用いることで、極力生活の質が下がらないように配慮しました。
また年齢を考慮し、予後不良な失活歯(神経のない歯)の抜歯やインプラント治療においては、骨量が不足している部分にはGBR(骨造成)などを行い、今後大きな治療介入が必要にならないよう計画しました。
それでは、実際の治療の経過を示します。医療行為に関する画像が苦手な方は、閲覧をお控えいただきますようお願い申し上げます。
インプラント治療前の左下臼歯部
下顎左側第1小臼歯部は、抜歯し即時にインプラントを埋入しました。下顎左側第1大臼歯部は、事前に抜歯をして、しっかりとした治癒期間を待った状態でしたので、歯肉を切開・剥離し、インプラントを埋入しました。左下臼歯部は、仮歯の安定が悪くならないように暫間インプラントを同時に埋入し、第2大臼歯(インプラント部に仮歯が立ち上がるまで保存)を利用し仮歯を装着しました。
インプラント治療前の下顎右側臼歯部
右側臼歯部のインプラント手術
右側は、第1小臼歯部には、水平的に骨量が不足しておりましたので、インプラントを埋入と同時にGBR(骨造成)を行いました。下顎右側第1大臼歯部もあらかじめ抜歯して、十分粘膜が治癒しておりましたので、通常の埋入を行いました。
インプラント治療前の下顎
インプラント手術直後
今回両側同時にインプラント手術を行うことで、治療期間の短縮を図りました。
手術後2週間後の下顎(抜糸時)
GBRした部分も粘膜の裂開などはなく、経過良好でした。
2次手術時の下顎左側臼歯部
矢印で示している金属部分が暫間インプラント(治療期間中の仮歯を支えるための一時的に行うインプラント)です。
下顎左側臼歯部の2次手術後
APF(歯肉根尖側移動術)を行い、インプラント周囲に角化粘膜を獲得しました。
下顎右側臼歯部2次手術前
上記写真左から1次手術前、GBR前、GBR後
下顎左側第1小臼歯部は、GBRを行ったことで、頬側に十分な骨量を確保することができました。
左側臼歯部もAPFにてインプラント周囲に角化粘膜の獲得を行いました。その後2ヶ月経過をし、仮歯作製の工程に移行しました。
インプラント固定型の仮歯を装着した時の口腔内写真。同時に暫間インプラントと仮歯の安定のために保存していた下顎両側第2大臼歯、下顎左側第2小臼歯の抜歯も行いました。下顎の臼歯部に仮歯が入り、噛み合わせが安定しました。次に上顎の治療に移行しました。
上顎左側第2小臼歯は、歯根中央部に大きな穿孔があり抜歯になりました。上記写真は、抜歯後2ヶ月経過した状態の写真です。こちらの部分にもインプラント治療を行うこととしました。
インプラント1次手術
切開剥離し、インプラントを埋入しました。
その後縫合し、インプラントと骨が結合するのを待ちました。
インプラント2次手術前の状態
2次手術時の上顎左側臼歯部
インプラントにヒーリングアバットメンントを装着し、こちらもAPF(歯肉根尖側移動術)を行い角化粘膜の獲得を行いました。また同時に上顎左側第2大臼歯の抜歯しました。
その後経過良好であったため、最終上部構造(ジルコニアセラミック)作製過程に移行しました。上記写真の穴は、インプラントを固定するネジ穴(アクセスホール)です。適正な位置にインプラントが埋入されると歯の中央にこのネジ穴が開きます。
最終上部構造装着時
下顎前歯は、叢生歯列は術前と変化がないことごわかると思います。
治療終了時口腔内写真②
治療計画通り、前歯の噛み合わせを大きく変更せずに、奥歯は側方に動かした時に干渉(歯と歯が接触)しないように形体と噛み合わせの平面をコントロールしました。
治療前にあった前歯の歯茎の腫れは根管治療を行うことで消失しました。
治療後の全体がわかるレントゲン
治療後の頭部X線規格写真
今回は、不正咬合はありましたが、矯正治療もまた噛み合わせの変更していないため、数値に大きな変化はありませんでした。
まとめ
今回の症例は、60代の男性にインプラントを用いて全体的な治療を行いました。
不正咬合(過蓋咬合、叢生歯列)を有している方でしたが、年齢を考慮し、矯正治療は行わず、既存の噛み合わせを若干修正する程度で治療を終了しました。
もしこの方を正常咬合に導くためには、抜歯矯正治療が必要となります。治療期間も3年半から4年かかることが予想されますし、この場合全ての歯に被せ物が必要になります。また60年間で築き上げた噛み合わせを一旦0にする必要があり、それにはリスクを伴います。
20代であれば、積極的に矯正治療をご提案します。しかしこの年代の方であれば、不正咬合を有していてもメンテナンス中に歯を失った時に1歯単位での治療が済むように環境を整備しておれば、矯正治療は必要ではないと判断しました。
ライフステージを意識した治療というものが必要です。
当院では、個々の患者様に合わせたオーダーメイドの治療計画を立案します。お口の中でお悩みがある中高年の方は、当院までお気軽にご相談頂けますと幸いです。
まこと歯科・矯正歯科
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