- 2025.05.31
「入れ歯が合わない・痛い・違和感がある方へ―インプラントと精密義歯による治療症例」
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Before
治療前 正面
治療前 下顎
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After
治療後 正面
治療後 下顎
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Before
治療前
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After
治療後
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患者 | 60代・女性 |
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主訴・ニーズ | 入れ歯が合わない |
診断名・症状 | 義歯不適合 顕在的病的咬合 |
治療内容・治療費(自費診療) |
セラミック冠990,000円(税込み)(セラミック冠110,000円×9歯) インプラント1,925,000円(税込み)(インプラント1本385,000×5歯) 金属床義歯385,000円(税込み) 診断用ワックスアップ110,000円(税込み) プロビジョナル(精密な仮歯)140,000円(税込み)(プロビジョナル1歯10,000円×14歯) プロビジョナル義歯(最終義歯前の精密な仮の義歯)110,000円 |
治療費総額 | 3,660,000円(税込み) |
治療期間 | 約2年 |
来院頻度 | 月1ー2回程度 |
リスク・副作用 | 1. インプラントにおける副作用・リスク インプラント周囲炎:適切な清掃がされないと、歯周病と同様の炎症が起こる。 骨との結合失敗(オッセオインテグレーション不全):骨の質や量、全身疾患、喫煙などが影響。 神経損傷リスク:下顎の骨が薄い場合や解剖学的位置の誤りによる。 術後の腫れ・痛み・出血:外科処置であるため、一時的な不快感を伴うことが多い。 2. セラミック治療における副作用・リスク 破損・欠けの可能性:硬い物を噛んだ際に割れることがある。 咬み合わせ不調:高さや形が合わないと、咬合異常や顎関節症の原因に。 知覚過敏:支台歯(削った歯)が過敏になる場合がある。 3. 精密総入れ歯における副作用・リスク 適応期間が必要:装着当初は違和感があることが多い。 咀嚼力の低下:天然歯やインプラントに比べると力が劣る。 粘膜の痛み・口内炎:噛み合わせや適合不良によって生じることがある。 義歯の破損・変形:長期間使用や不適切な取り扱いにより。 4. 咬合再構成全体におけるリスク 咬合の変化による顎関節や筋肉の不調:再構築により顎の位置が変わることで、適応に時間がかかる。 心理的な負担:治療期間が長く、通院や費用の負担もあるためストレスを感じることがある。 治療の失敗による再治療の可能性:一部の治療が不調和を起こすと、全体のバランスが崩れる可能性がある。 |
皆様こんにちは。まこと歯科・矯正歯科の院長を務めております木村誠です。
今回の症例は、咬合崩壊(全体的にお口の中が悪くなっている状態)を起こしつつある患者様に対し、インプラント、セラミック、精密義歯を用いて咬合再構成(お口の中全体を包括的に治療)した症例をご紹介致します。
なお、文中には手術中の写真が含まれております(見やすいよう白黒に加工しております)が、医療行為に関する画像が苦手な方は、閲覧をお控えいただきますようお願い申し上げます。
患者様は、50代後半の女性で、入れ歯が合わないとのことで来院されました。
初診時口腔内写真(義歯を外した状態)
下の前歯以外は、全て補綴物(銀歯等)が装着されておりました。カリエスリスク(虫歯になりやすさ)が高いと判断しました。
初診時口腔内写真(義歯装着時)
右下と左上の奥歯に義歯が装着されておりました。下顎の義歯は、片側性の義歯が装着されておりました。片側性の義歯の場合、安定性に欠くことがあり、それが入れ歯をずっとつけれない原因になることがあります。
黄色の線は、それぞれ上下の正中を示します。下顎の左方偏位が疑われます。
矢印で示している部分には、サイナストラクト(膿の出口)があります。感染していることが強く疑われます。その他にも黄色い丸で囲った部分は、粘膜が黒変しています。これは、メタルタトゥーといい、金属の削片が粘膜の中に入り込んで起こるものです。しばしば審美障害になります。
上記の写真は、メタルポストコアとメタルタトゥーを示したものです。神経のない歯は、歯質が極度に少ないことが多いため、上記のように金属の土台を建てて被せ物をすることで歯を保存します。しかしこの金属の土台は、削る際の削り粉が粘膜の中に入り込んだ場合、粘膜が黒変してしまい審美性を欠くことがあります。このメタルタトゥーを除去するには、外科処置が必要になります。
上記写真は前歯の噛み合わせの状態(左は義歯を外した状態、右は義歯装着時)
入れ歯を入れると前歯が噛まなくなってしまう状態でした。これでは、前歯では、非常に噛みにくいことが分かります。また上下の前歯はしっかりと咬合し、顎を動かす際の舵取り役を担うことで、奥歯が守られます。そのため、前歯が噛んでいない状態では、奥歯に過剰な負担がかかるため、これも入れ歯の不具合につながります。
義歯装着時に半分お口を開けていただいて噛み合わせの状況を調べました。
黄色の線に注目すると、噛み合わせが乱れていることが分かります。このような状態では、特定の歯に干渉(あたりが強くなる)してしまうため、入れ歯の痛みや残存歯に負担がかかります。
初診時パノラマX線写真
左右の黄色い丸で囲んだ部分が顎の関節部分となりますが、ややすり減っており、変形しているように見えます。次に青い線で描いた部分が、上顎洞(副鼻腔の一つ)の洞底部を示します。
緑の線で描いた部分が歯槽堤になりますので、特に左上(向かって右側)の奥歯相当部は、骨がほとんどないことが分かります。左下の奥歯によって築き上げられたせいで、歯とその周囲の骨を失った可能性があります。上顎同底挙上術やGBR(骨造成)を行わない限り、インプラント治療は難しいことが分かります。
また全顎的に神経がない歯(失活歯)が多いことが分かります。神経のない歯が多い場合、安定性に欠き、長期的に見ると、それらの歯は、失われてしまうことが多いため、それを見越した治療計画を立てる必要があります。
上記は、デンタルX線10枚法とペリオチャート(歯周病の進行具合を調べる簡易的な検査の表)です。
歯周ポケットの数値およびX線写真による歯の周囲の骨吸収の度合いから、歯周病型で歯を悪くする方ではないと判断しました。しかしながら所々に深い歯周ポケットを有している部分がありました。このような場合、歯根破折などの重篤な問題を生じていることが多いため、非常に注意深い診査が必要です。
こちらは、左上の犬歯相当部のX線写真
太いメタルコア(金属の芯)が装着されており、歯質が少なく、歯根周囲に透過像(レントゲンで黒く写ること)が亢進しております。根尖性歯周炎もしくは、歯根破折により骨吸収していることが考えられます。
上記のデンタルX線写真は、右下の前歯から小臼歯部のものとなります。矢印の部分に注目すると被せ物(補綴物)と歯質との間に隙間があることが分かります。これは、不適合な補綴物である可能性とその周囲に2次的に虫歯になっていることが予想されます。保険治療で行う銀歯は、作製上様々な制約受けるため、精密度に欠けることがあります。
また丸で囲った部分は根の先に炎症による骨吸収を認めます。歯冠部に虫歯治療を複数回治療受けられた形跡もあることから根管治療が必要であると判断しました。
上記の写真は頭部X線規格写真です。
頭部X線規格写真を分析することにより、骨格的なバランス、歯の位置異常などを評価することができます。
当院では、全体的にお口の中が悪くなってきている方の場合、単なるお口の中の問題に限らないことも多いため、頭部X線規格写真を撮影し、根本的な原因を徹底的に調べていきます。
以上の診断結果から咬合再構成(口腔内全体を包括的に治療する)が必要であると判断しました。
骨格的には、1級(標準)ですが、今回上顎の歯は全て失うことにより、3級(受け口傾向)になるため、上顎は総入れ歯、下顎はインプラントを用いた固定式(取り外しが必要ない)で治療する計画をたてました。
治療経過
まず下顎のインプラント治療から開始しました。
上記写真は、右下の奥歯のインプラント手術前の状態
右下の奥歯は、3歯欠損です。
切開剥離し、インプラントを埋入しました。
丁寧に縫合し、一次手術を終了しました。
ところで、上記の写真の黄色線は、角化歯肉と可動粘膜との境目となります。天然歯周囲には、数ミリの角化組織が存在しますが、欠損部には、ほとんど存在しません。
角化粘膜は現時点では、必ず必要であるとは結論づけられておりません。しかしあるかないかであればあるに越したことはないものです。特にインプラント周囲付着組織は、天然歯の付着組織に比べ脆弱であるため、私は、角化粘膜が必要であると考えております。日頃の手入れをしやすい(歯磨きしやすい)環境を作るために、遊離歯肉移植術(以下FGGと略します。)という手術をします。FGGは、上顎の口蓋部分から歯茎を採取し、移植します。やや高度な手術で患者様にもやや負担を生じますが、インプラント治療を長持ちさせるために必要な時があります。
※角化歯肉とは?
歯ぐきの中でも、歯の周りにある「硬くてしっかりとした歯ぐき」のことをいいます。
この部分は食べ物をかんだときの力や、歯みがきの刺激から歯や骨を守る大切な役割があります。
上記の写真は、移植片を受容床に縫合固定した際の写真です。移植片が動いて安定しないと失敗するため、歯周パックというもので手術部位を保護します。当院では、約2〜3週間後に抜糸を行います。
上記の写真は、口蓋の術後の状態
今回は、移植する範囲が大きかったため、両側から移植片を採取しました。こちらも、保護シートで術野を保護します。約1週間後に抜糸を行います。
上記の写真は、FGG後十分な治癒期間を待ち、プロビジョナルレストレーション(精密な仮歯)を装着した状態です。黄色の線が可動粘膜と角化粘膜との境目となります。黄色の線と青色の線の間の部分が角化粘膜です。十分な角化粘膜が得られました。
上記の写真は、最終上部構造を装着した際の下顎右側臼歯部。
術前術後の皮角の写真です。黒変していた粘膜も綺麗になり、また十分な角化粘膜の獲得により歯磨きがしやすい環境を作ることができました。
次に左下臼歯部に対するインプラント治療を開始しました。
左下は、補綴物を除去し、精査したところ2歯が重度の虫歯により抜歯になったため、その部位にインプラント治療を行うこととしました。
上記写真は、インプラント埋入時の様子
上記写真は、1次手術終了時の写真
しっかりと縫合し、インプラントが骨と結合する期間(2ヶ月程度)を待ちます。その後2次手術(仮の土台を装着する手術)を行うこととしました。
上記写真は、2次手術時の様子
こちらは、角化粘膜量が十分にあったため、APF(歯肉根尖側移動術)という手術の方法で、インプラント周囲に角化粘膜を獲得することにしました。こちらも十分な治癒期間が経過した後、全顎的なプロビジョナルレストレーションを装着することとしました。
上記写真は、上顎にプロビジョナルデンチャー(最終的な総義歯に近い仮義歯)、下顎には、インプラント及び残存天然歯を利用した固定式のプロビジョナルレストレーションを装着した際の口腔内写真です。
この状況で、しばらく経過観察し、審美性、機能性、清掃性に問題がないかを確認します。そして最終補綴物装着に移行します。
治療終了時の口腔内写真
治療前後の噛み合わせ(咬合平面)の比較
術前に乱れていた噛み合わせの平面は、術後整っていることが分かります。
術前(左の写真)は、義歯を装着すると前歯が噛んでいない状態でしたが、術後(右の写真)では前歯もしっかりと咬合していることが分かります。顎を動かす際、前歯がこのようにしっかりと噛み合っていることで、本来の機能を果たすことになります。
治療終了時のパノラマX線写真およびデンタルX線写真
上顎の歯は、残念がながら全て抜歯になり、総入れ歯になってしまいましたが、下顎はインプラントを用いることで、全て固定式(取り外ししない)にでき、しっかりと噛めるようになりました。
※術後4年口腔内写真
治療終了から約4年が経過しましたが、大きなトラブルもなく、経過は非常に良好です。
まとめ
今回の症例で入れ歯が合わない(痛み・噛みにくい・異物感)原因は、
①入れ歯を装着した状態と外した状態では、噛み合わせが変わってしまう(前歯が咬合しなくなるなど)ため、非常に噛みにくい状態であった。
②入れ歯を装着していない状態でも噛み合わせに不具合(噛み合わせの平面の異常など)があるため
③精密度に欠ける義歯や補綴物が多数装着されていたため
以上の大きな3つの問題を解決するには、精密な義歯、精密な補綴物、インプラント治療を用いて咬合再構成(全顎的に治療を行う)が必要でした。
そしてその治療を成功させるためには、しっかりとした術前の診断、しっかりとした治療技術、精密な補綴物を作製してくれる技工士との連携が必要になります。
当院は、今回の症例のように全顎的に治療が必要な方をしっかりと治療できるよう日々の研鑽を積むとともに日本有数の技工所と連携しチームアプローチをしております。
もし入れ歯が合わなくて困っている、歯がほとんどなくて噛めないなどで困っている方がいらっしゃいましたら当院までお気軽にご相談ください。
まこと歯科・矯正歯科
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